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ムンバイ、デリー:Livemint
バラク・オバマが米国大統領に就任したことは、現代世界において最も目覚ましい政治的発展の一つである。ある面では、オバマに最も大きな影響を与えた、リンカーンのゲティスバーグ演説の冒頭で述べられた「自由が保障され、すべての人々は平等につくられているという信条をもって作られた新しい国家」という理想の実現とも言えるかもしれない。オバマは、大統領就任式において米国の歴史を振り返るとともに、米国のみならず世界が現在直面している問題にいかに対応すべきかについて、理想を語った。 インド独立に際して、ネルー首相は、新しい国家の理想と、直面する重大な問題について語った。その後インドは独立国家として長い年月を経てきたが、「繁栄した、民主的かつ進歩的な国家」における「自由かつ機会均等」という目的からは、まだまだほど遠いところにいる。 もしオバマがインド大統領として就任演説を行っていたらどうだったであろうか。彼は何を述べたであろうか。 ネルーと同じく、オバマはインドの偉大な過去の栄光について語るとともに、そうした過去がインドを進歩から遠ざけているとも述べたであろう。ネルーは「我々はすべて、その信じる宗教に関わりなく、平等な権利を持ち、等しい義務を負ったインドの子である。思想や行動が限定された国家が偉大であることはない。したがって、我々はある民族だけを優先したり、思想を縛ったりすることはできない。」と述べた。オバマもまた、我々がいかに理想から乖離したところにいるか思い出させてくれていたであろう。 インド大統領となったオバマは、ネルーの言葉を引用し「このような厳粛な儀式でこそ、我々がインドとインド国民、そして全人類のために身を捧げることを誓うに相応しい。」と述べていたであろう。しかし同時に彼は、いかに我々が奉公などというものから遠いところにあるかを述べたであろう。市民社会などというものがインドに根付いていないこと、政治は常に権力と個人利権のためのものであったこと、政治家は約束を破り使い古された美辞麗句を述べるばかりであることを指摘したに違いない。インド大統領オバマは、インドの若者を鼓舞し、彼らは変革への力を漲らせ、そして彼らは世界の人々とは、競っているだけでなく、自らもまた「全人類のために」尽くす世界市民の一人だと認識するに至ったであろう。 さらにオバマは、我々インド人の精神に染みついた市場への恐れを二度と思い出させることなく、むしろ「富を増大させ自由を拡大させていく力という点で、市場に勝るものはない」という考えを抱かせるに至っただろう。市場を監視し続けるというインド人の試みこそが、我々を繁栄から遠ざけ、機会均等への道を妨げ、成長への糧を失わせていることを、オバマは指摘したに違いない。 その上で、インド大統領オバマは「道路や橋を作り、送電線網やデジタル通信網を敷き、商業活動を支え、我々を一つに結び付けなければならない」ことを順序立てて説明したであろう。しかし、これらの実現のためには、インド政府自身が企業・ホテルおよび店舗の経営に携わるような現状から脱却することが必要であり、自由市場が保たれている限りは民間でより効率的な経営ができることを指摘したであろう。インド人はこの世のあらゆる局面を経験し、リスクを受け入れ重労働を厭わないことで繁栄を重ね、様々な国と良好な関係を築き、時には戦ってきた。しかし、いつも「愛する母国」に富と知識をもたらしてきた。オバマはこのことを指摘することもきっと忘れない。 オバマは何よりも、「我が国の学校や大学を、新たな時代の要請を満たすように」変えていかなければならないことを強調しただろう。いかにインドの教育制度が限定的なものであるか、こうした限界がいかに露呈しているか、そして公的資金を「管理する人々」や「受け取る人々が」いかに「社会的規範を持たなければならないか」を語ったであろう。 そして彼は、インドと国境を接する国の国民および政府に対して、「相互理解と敬意に基づいた新たな道」を求めていることをアピールするだろう。今まさに繁栄への道に差し掛かりつつあるインドのその繁栄を隣国と共有し、波及させていくこと望んだに違いない。きれいな水、食料、若者への教育の提供を提言していたであろう。 もちろんオバマは、勤勉で実直な国民性への評価も忘れなかったはずだ。勤勉、実直、忍耐、公正、これらはインド国民の持つ価値である。責務とは、渋々受け入れるようなものではなく享受すべきもので、「困難な仕事に全力を尽くすこと程、精神を高揚させ、自らを知る機会はない」ことを我々に思い出させただろう。 かつてネルーはインド国民に語った。「我々は、公約が果たされるまで休む暇はない、また全インド国民の運命が果てるまで休む暇はない。」オバマは、きっとこの誓いを思い出させてくれたであろう。
Translator: Takashi AKAHOSHI.
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